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ご支援ありがとうございました [支援していただきました]

「カレーの力を信じているプロジェクト」
たくさんのお店、そしてそこにカレーを食べに来たお客様たち

ご支援ありがとうございました

3月5日、6日と津波被害にあった3店に
皆さんの温かい気持ちを届けてきました

まだこれからが正念場の被災地
これにとどまらず
もう少し見守っていただければ幸いです

「カレーの力を信じているプロジェクト」
としては此れにて一旦終了になりますが
まだまだなにも終わってません
いろんな場面で支援を継続していただければ幸いです

協力いただきましたお店にお送りしたものを
ご報告として掲載させていただきます

長きにわたり皆さんのお気持ちありがとうございました

3店が言っていたことは
「こんな田舎のカレー屋でも見ていてくれたことが励みになった」
嬉しい言葉をいただきました

運営としては少人数だったので至らぬ点多々あったと思います
この場を借りましてお詫び申し上げます

カレ信募金WEB報告用1-4.jpg

カレ信募金WEB報告用2-4.jpg

カレ信募金WEB報告用3-4.jpg

カレ信募金WEB報告用4-4.jpg


【奈良】「タリカロ」さんに訪問してきました [募金箱を置いてあるカレー店]

 奈良からこのプロジェクトに参加していただいている
「タリカロ」さんに訪問してきました 

 タリカロ募金箱.jpg
 
レジ近くに募金箱置いていただいてます
感謝です 
 
タリカロ二人.jpg
 
タリカロの二人です
 
奈良では唯一の南インドカレー店
ならにおいでの際はぜひ食べに行ってください
 
こうやって奈良でもちょっとでも被災地の話していただけるなんてうれしいです 
 

奈良県奈良市南魚屋町6−1
0742-24-1437

 


【広島】「nandi ナンディ」さんに訪問してきました [募金箱を置いてあるカレー店]

 

広島から参加していただいてとても感謝しています。
神戸から足を伸ばして
当然、ナンディさんにも訪問させていただきました
 
ナンディ募金箱.jpg
 
牛の置物を販売していただいてご協力いただいていましたが
完売で今と「鳥」です
店内でこんな形で募金活動にご協力いただいています
感謝です
 
ナンディ平原さん.jpg
 
お店がお休みなのにお話を聞いていただきました
ご店主の平原さんです 
 
 

 

 

ナンディさんのブログ
にこの募金活動へ参加の経緯とお気持ちが書かれています。
ぜひ読んでみてください。

 

 

カレーで繋がれて感謝です
お近くのかた、広島に行く方ぜひナンディさんに足を運んでください

 

 

インドカレー店 nandi  ナンディ
広島県広島市中区小町6-20
TEL:082-249-4511 / 090-7008-4238
FAX:082-232-7881
Email:7300041nandi@gmail.com

 


【広島】南インド料理 ケララ食堂さんに訪問してきました [募金箱を置いてあるカレー店]

 

神戸カレーフェスティバルに参加のあとに
ちょっと足を伸ばして広島に行ってきました

 

募金箱を置いて頂いた事への感謝と是非お会いしてお話をしてみたかったので・・・

 ケララ食堂募金箱.jpg

 広島市中区本川町のケララ食堂さんです
市電の停留所から数分のところです
店内の奥、レジのところに募金箱を置いていただいてます

ケララ食堂山田さん.jpg

ご店主の山田さんです
ご夫婦で切り盛りされています 

南インド料理 ケララ食堂 

 

お近くのかた、広島に行く方ぜひとも「ケララ食堂」さんに足を運んでください
ミールスももちろんあります

 

 

南インド料理 ケララ食堂
住所: 広島市中区本川町2丁目2-17-1F
営業時間: 11:30 ~ 14:00、17:30 ~ 21:00(LO)
定休日: 水曜日
TEL/FAX: 082-233-7410

 


神戸カレーフェスティバルにへの参加 [プロジェクト事務局より]

この「カレーの力を信じてるプロジェクト」や被災地のことを知っていただくために
「神戸カレーフェスティバル」に参加させていただきました

活動をともにしていただいている宮崎さんにお話をしていただき
参加させていただくことになりました

女川カレープロジェクト
神戸の「まけないぞう」
塩竈のモノノケワークスさんのチャパティ台
宮古の咖哩亭 さん

に混じらせていただいてパネル等とご覧いただきました

募金活動では有難いことに
2151円
の募金をいただきました

神戸フェスWEB3.jpg

神戸フェスWEB2.jpg

ありがとうございました

 


【広島】nandi さんにてうれしいお知らせです [募金箱を置いてあるカレー店]

今回のプロジェクトに広島から二店も参加していただいてとても感謝しています。

そんな折そのナンディさんのご店主のブログにてうれしいお知らせを目にしました。

募金活動として「牛の置物」を販売されていたのですが完売されたそうです。

ありがとう、ナンディさん

詳しくはナンディさんのブログにてご確認ください

そしてお近くの方はぜひナンディさんへ出張の方もぜひ

インドカレー店 nandi  ナンディ
広島県広島市中区小町6-20
TEL:082-249-4511 / 090-7008-4238
FAX:082-232-7881
Email:7300041nandi@gmail.com


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募金箱を置いてあるカレー店【9月14日更新】 [募金箱を置いてあるカレー店]

9月13日現在で募金活動に参加していただいているお店です 
ぜひカレーを食べてカレー屋さんに少しでも支援をお願いいたします
広島のカレー店さんが二店目参加していただきました
東京の「バール・タラ」さんが抜けていたので追加して訂正してます

【宮城県】
楽天ハンモック       宮城県名取市増田字柳田529-1
スープカレー さくら     宮城県仙台市青葉区桜ヶ丘4-33-10
オジーノ・カリーヤ        宮城県仙台市青葉区一番町1-13-25
あちゃーる            宮城県仙台市泉区高森5-15-7

【東京都】
スパイス・カフェ            東京都墨田区文化1-6-10
新・印度料理たんどーる     東京都中野区沼袋1-8-22 ヤマニビル2F 
ネパール居酒屋バール=タラ  東京都新宿区信濃町34トーシン信濃町駅前ビル B1


【奈良県】
タリカロ               奈良県奈良市南魚屋町6-1-3

【大阪府】
ゴルカ・バザール         大阪市中央区高津1-2-16

【兵庫県】  
ククリ                神戸市兵庫区下祇園町39-14アムス下祇園B1F

【広島県】  
nandi               広島県広島市中区小町6-20
ケララ食堂           広島市中区本川町2丁目2-17-1F



 


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【広島】南インド料理 ケララ食堂 [募金箱を置いてあるカレー店]

広島のお店がまたまたこのプロジェクトに参加していただきました。

遠く東北のこと考えていただくことだけで感謝です

南インド料理 ケララ食堂 

こちらのお店も活動を支援していただいている宮崎さんにこのプロジェクトの話をしていただき、賛同していただきました。
なんと二店も広島から参加していただいてとても感謝しています。
広島、濃いですカレー魂が。


お近くのかた、広島に行く方ぜひとも「ケララ食堂」さんに足を運んでください
もちろんミールスもあります

南インド料理 ケララ食堂
住所: 広島市中区本川町2丁目2-17-1F
営業時間: 11:30 ~ 14:00、17:30 ~ 21:00(LO)
定休日: 水曜日
TEL/FAX: 082-233-7410


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気仙沼「イエティ」再開しました [【宮城県】被災地のカレー屋さん]

お知らせしているように
気仙沼のインド・ネパール料理&アウトドアのお店「イエティ」が再開を果たしました

ネパール・インド料理&アウトドア Yeti
宮城県気仙沼市田谷20-11
0226-25-7096

スタッフの問題等々をクリアーして気仙沼の地、宮城や岩手の沿岸部唯一のインド・ネパールカレーをやるお店の復活です。

20110523イエティ正面1.jpg

5月頭の時点でのお店の前です
津波は130センチ
2ヶ月たっても再開のめどはまったく立っていませんでした
もちろんシャッターはへしゃげ、店内は泥
スタッフはパスポートだけを手にとって高台に逃げました
「何も持たずに逃げろと言われなければ・・・・」

20110823イエティ外観.jpg

震災から5ヶ月近くして
生まれ変わって開店です
いったいどれだけの熱意と労力を注ぎ込まれたのでしょう
泥のかきだしから始まって
やっとここまで着ました

20110823イエティ店内.jpg

床、壁紙一新です

20110823イエティスタッフ.jpg

新しいスタッフたちです

以前のスタッフは津波を体験してしまったので
東京で新しい暮らしを始めました
とっても怖かったでしょう、津波
タカリのご夫婦は東京で頑張っています

リーダーのデバック・ケーシーさん(真ん中)は気仙沼に戻ってきてくれました
彼も当時は津波を経験しています
東京に避難していました
でもあんなに怖い思いをしたのに気仙沼に戻ってきてくれました
東京にいる奥さんに大反対されたのに・・・
ケーシーありがとう

そした新しいスタッフのご夫婦(両側)
ドゥルーカ・ボウデール(旦那さん)
ターラ・ボウデール(奥さん)
「ターラ」はネパール語で「星」です
気仙沼に「星」が来たんですね。

地震、津波、怖かっただろうに
もう二度と経験したくないことなのに
そしてそんな怖さを聞いているのに
気仙沼に帰ってきてくれました
カレーを皆に食べてもらいたくて

20110823イエティ小野さん.jpg

この人、小野一太さん
ここのお店のオーナーさんです
ネパールの山を愛する山の男
皆がこうやって気仙沼に帰ってきてくれるのも
この人の「人望」のなせる業
ここのお店は彼と彼の仲間を中心とした「ファミリー」です
この人ペースメーカー入ってます
でも精力的、飄々としてそれでいて力強い
「まだ隣のアウトドアの店は何もできないの、カレーが忙しくて」

「ねぇ小野さんは何でカレー屋をこんな苦労してやるの?」
「えっカレー好きだしねぇ」
「山登りで世話になったネパールへの恩返しなの?」
「まぁ やっぱりカレー好きだなんだよねぇ」
愛すべき男は「シャイ」なんです

20110823イエティメニュー.jpg

メニューです
とりあえずこれでスタート

20110823イエティカレー.jpg

美味しそうですよねぇ
お客さんたちがみんな笑顔で食べてました
「あれでナン焼くんだよ、ちょっと見せてね」
「ハイッ、ミテクダサァーイ」
スタッフもお客さんも皆笑顔

そう飲食店はこうでなければなりません
みんな笑顔
美味しいねぇ、辛いねぇ、ナン大きいねぇ
みんな笑顔
ネパール人も日本人も関係ない
みんな笑顔

気仙沼にまた一軒笑顔の場所が戻ってきました
ありがとう
お客さん達も小野さんもスタッフたちも
ありがとう


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「Kojika」店名消しゴムはんこ [【岩手県】被災地のカレー屋さん]

kojika 消しゴムはんこ.jpg

津波で流されてしまって
こんなものでさえなくなってしまったと思ったので

知り合いの消しゴムはんこ職人さんに
作っていただきました

喜んでいただきました

リボーン 7.11

津波から4ヶ月
生まれ変わって再開の意味をこめて彫ってもらいました

こんなことも支援なんです
普通のことがなくなってしまった
できないでいる

まだまだこれからです


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女川カレープロジェクトに協力します [女川カレープロジェクト]

宮城県女川町です
ここもご多分にもれず津波で甚大な被害をもたらしました。
おおくのボランティアさんたちが入り支援、復旧に尽力いただいている地域です。

ツイッター上で「女川カレー」なる文字を目にしました

女川にはカレー店はなかったはずなのに・・・・
ちょっと調べると・・・・

ちきゅうの子22」さんという団体が震災後に石巻に入りました。
そこで「女川のほうも大変らしい」という情報のもと女川に向かい炊き出し等の支援活動を続けてきたということです。

炊き出しをしつつ、女川の方達と交流。
炊き出しといえば「カレー」です。炊き出しでも子供から大人まで喜ばれる「カレー」を中心に女川を活性化できないだろうか・・・・

詳しい話は「女川カレープロジェクト」をごらん頂いたほうがみんなの気持ちがわかります。


女川カレー1.jpg

それで出来上がったものが
「おながわカレーブック」

女川カレー2.jpg

百貨店等々で販売されている
「アナンのカレーブック」の三代目パラッツさんが
このプロジェクトに全面的に関わっています
なのでこんな感じ

女川カレー3.jpg

中身です
スパイスで作るインドカレーなんですが
子供から大人まで万人に食べていただけるレシピです

女川カレー4.jpg

もちろんレシピつきです

女川カレー5.jpg

あちゃーるにてお話を聞かせていただきました
この「女川カレーブック」を女川で作る
3000パッケージで2人の雇用が生まれる
女川でつくるカレーパッケージ
テレビでいうと「亀山モデル」みていなものです

右が東京スパイス番長でおなじみのパラッツさん
プロジェクトメンバーと一緒に来ていただいてお話を伺いました

女川カレー6.jpg

うちで作った女川カレーです

大事なことは「女川」で製造するということ。
女川の人たちが「働ける場所」を作ろうとしていること

もちろんこれからのプロジェクトです。
「被災地」「カレー」ということであれば「カレーの力を信じている」もちょっとでもお手伝いしないわけにはいきません。

「女川カレープロジェクト」協力します。

これをご覧なっている皆様、飲食店の皆様、もう一度HP等でこのプロジェクトの趣旨をごらん頂いて賛同していただければ幸いです。


宮城県のスープカレーさくらさんからの支援です [支援していただきました]

先日、このプロジェクトにも参加していただいている、宮城県仙台市にあります「スープカレーさくら」さんの店主である北畠さんがたずねてきてくれました。

「これ使ってください」

お金とプリントアウトされたメールをいただきました

なんでも東京の友人が「被災地のために何かできないか」と被災地支援イベントを開催して集めた義援金を北畠さんに託されたそうです。
彼は一人でお店を切り盛りしているので炊き出し等で被災地に出向けないのでこのプロジェクトで使って欲しいと考えていただきました。

東京のご友人は「とこなつ屋」さんというお店です

事の次第は こちらのブログ です、そして こちらも ご覧ください

東京で若い皆さんが被災地のことを考えていらっしゃることに感謝です。そしてこういう行動に移していただいたことは素晴らしいことだとおもいます。
いいお店、いいお客様たちの素晴らしいお気持ちです。

北畠さんに許可をいただきましたので北畠さん宛てのメールの一部をご紹介させていただきます


キタさん
おつかれさまです。
おげんきでしょうか?
僕はなんとか倒産せずに生きています。

遅ればせながら、義援金14430円を
キタさんの口座に振り込ませていただきました。

家か、家族をなくされた方は、
本気でお金に困っている方がいらしたら、
キタさんからどうかご馳走していただければ幸いです。

よろしくお願いいたします!

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スープカレーさくらさんから支援.jpg

義援金として14430円をイベントで集めていただいて、それをスープカレーさくらのご店主である北畠さんに託されました。
そして北畠さんは、なんとそれにお金を足してくれて17000円にしてこのプロジェクトに「使ってください」と託していただきました。
北畠さんはお店をお一人でやられていらっしゃるので炊き出しなど一人で動くこともままならないため「カレーの力を信じているプロジェクト」を信じていただいてこの大事なご友人のお店が集めたお金を託してくれました。

東京の「Dining DJ Cafe とこなつ家」さんのお気持ち、イベントで寄付をしていただいた「とこなつ家」さんのお客様たちのお気持ち、スープカレーさくらの北畠さんのお気持ち、みなさんに感謝です。

確かにお預かりいたしました。
皆さんのお気持ちをしっかり受け止めて有意義に使えるようにお預かりしておきます。

さくら北畠さん.jpg

スープカレーさくらのご店主の北畠さん

 

皆さんのお気持ちに感謝です


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イースト・エイジア [【岩手県】被災地のカレー屋さん]

イースト・エイジア
岩手県大船渡市盛町内ノ目12-4
0192-27-5205

【7月5日訪問】

大船渡のお店です
大船渡や陸前高田に入ってわかったことですが宮城県の沿岸部の被害とはちょっと違う感じを受けました。なんていうのでしょう・・・あまりのひどさに開き直るしかないというのか・・・・
ここのお店も真裏に「ドラゴンレール」が走る市街地にあるお店です。
フェアトレードの品物を扱うお店でもありもちろんカレーも提供されています。

イーストエイジア全景.jpg

後ろに見えるのがドラゴンレールの線路です
もちろん電車は走っていません

イーストエイジア隣の場所.jpg

お店の隣です
きっと何かあったのでしょう
でもこんな感じです

イーストエイジア店の前.jpg

お店は営業されています
津波被害にあったところなのにこんなに綺麗になっています



イーストエイジア店主.jpg

ご店主の熊谷 栄美さんです
突然の訪問なのにいろいろとお話を聞かせていただきました
明るく、強く素晴らしい女性です
そしてお店も13年やられている
ほんとに店内は吉祥寺にでもありそうな雰囲気
ちょっと異空間です


イーストエイジア店内.jpg

今はこんな素晴らしい店内ですが2mの津波に襲われてそうです
「えっよく助かりましたね」
「だって逃げたもん」
ケラケラと笑われます

イーストエイジアメニュー.jpg

店内には飲食スペースがありもちろんカレーが食べれます


とにかくここのご店主は明るい。
2メートルの津波に襲われて逃げたとは思えません。
初めて会った私なんかにも気さくにお話をしてくれて「ハハハッ」とすべてを笑い飛ばしてくれます。
でも店内は水没したことを考えればどれだけ苦労されてここのお店を再開にこぎつけたのか推し量ることさえできません。
でもご店主の明るさがこのお店のすべてです。
お店もカレーも人柄です。

「すぐ後ろは線路ですよね」
「そうっ 津波で流されちゃったけどドラゴンレール」
「ああぁあの有名なドラゴンレールなんですね」
「そうっ多分もう走れないんじゃないっ、当分っ ハッハッハッ」

2メートルの津波が襲ってこの明るさ
逆に力をもらいました
大船渡はみんな強いっ

もちろん元気に営業中です。

ぜひ大船渡行ってください
そして「イースト・エイジア」さんの熊谷さんの笑顔を見に行ってください。
前に進んでいる素晴らしい方にお会いできました。


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【広島】インドカレー店「nandi ナンディ」 [募金箱を置いてあるカレー店]

広島のお店がこのプロジェクトに参加していただきました。

活動を支援していただいている宮崎さんにチラシ置いて頂き、お話をしていただき、賛同していただきました。
小さいお店と小さいお店が繋がって、そしてそこに来るお客さんがつながって小さいカレー店を少しでも支援出来たらと思っています。

広島から参加していただいてとても感謝しています。

ナンディさんのブログに経緯とお気持ちが書かれています。
ぜひ読んでみてください。

カレーで繋がれて感謝です
お近くのかた、広島に行く方ぜひナンディさんに足を運んでください

インドカレー店 nandi  ナンディ
広島県広島市中区小町6-20
TEL:082-249-4511 / 090-7008-4238
FAX:082-232-7881
Email:7300041nandi@gmail.com


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宮崎さんの大船渡レポート [【岩手県】被災地のカレー屋さん]

このプロジェクトの活動の大部分をご支援いただいている宮崎厚志さんの岩手県は大船渡に入っていただいた時のレポートです。気仙沼から岩手と仕事の合間をぬっての活動にはいつも頭の下がる思いです

宮崎さんには再びこの場を借りましてお礼と感謝申し上げます。

そして今回の大船渡の現状や今の皆さんの気持ちなどなどが克明にレポートされています。僕らも現地に入って感じましたがあの状況から再びお店を開けるという気持ちの強さは並大抵のものではありません。またとにかく前向きに考えていらっしゃる姿に心を打たれました。
とにかくこれが大船渡の現状です。お読みいただければ幸いです。

【大船渡市盛町 カレーハウスKojika 再開支援活動レポート  文責・宮崎厚志】

7月1日、気仙沼での活動を終え、大船渡へと向かった。
道中、陸前高田で道に迷う。
気仙川の三角州にある陸前高田は、津波が街の両側から押し寄せ、洗濯機のように渦を巻いたという。
これまで見てきた志津川や気仙沼港など被害の集中した場所はまだ街の跡形が残っていたが、ここはまさに壊滅という状況だ。
窓がすべて割れた5階建ての集合住宅が荒野にそびえ立っている。野球場が地盤沈下したのだろうか、照明だけが海から生えている。
あらためて、唖然とする。
国道45号線の気仙大橋が開通していなかったため、川を上流へ向かい、さらに迂回路に回される。
カーナビに頼って運転していてはダメだ。
初日に買った「復興支援地図」を見ながら、登米からじっくり約3時間もかけて大船渡にたどり着いた。


Kojikaの店主・鈴木さんには、前夜、電話にておおまかなお話を伺っていた。

奥様が経営していた港に近い「cafe de curry Kojika」は完全に津波に破壊された。(下記リンク参照)
http://kojimamana.exblog.jp/
一方、盛町の本店は1階の大部分が浸水(認定は大規模半壊)。
3階建ての家屋は残ったものの、1日に120キロのタマネギを炒め、1回に500人分のカレーを仕込んでいた特注の大釜が流されてしまった。
奈良の業者に同じ釜を作ってもらうには300万円の資金が必要で、しかたなく既製品の寸胴鍋で代用しているが、やはり仕事はしにくいという。

「25年間カレー屋をやっているが、タマネギの炒め具合で味は全然変わってしまう。前と同じ味ができるのか、自信がない。お客さんに、『前の味と違う』と言われるのが一番怖い」

40年以上も料理の世界で生きてきた人の自信をも、津波は打ち砕いていた。
それでも、鈴木さんはこの本店から再起を図っていた。
震災から4ヶ月の節目となる7月11日に、Kojikaは目標を定めていた。
現在は、砂にまみれた厨房の掃除中で、ひたすら食器を洗っているという。
これは、自分でもできるはず。すぐに手伝いに行きたい。
そう伝えると、「食事と寝るところは用意します」と快い返事をいただけた。

 

誰もが人生を一変させた3月11日、Kojikaの鈴木家も同様だった。
結婚直後で、本店の隣に買ったばかりだった長男・守さんの家も全壊した。
それでも家族全員の生存を確認した鈴木家は、避難所で暮らしながら支援活動を始める。

生き残った大船渡市内の飲食店経営者らと協力し、20日間もの間、1日1000食、合計2万食の炊き出しを行った。
鈴木さんは倉庫にストックしていた1.5トンのタマネギペーストを始め、残っていたすべての食材を提供した。
それが尽きたとき、次にやるべきことはわかっていた。

「カレーは自分の商売、やらないわけにはいかない。とにかくチャレンジしよう」。

家族一丸となっての再開への道。
まずは津波とともに窓から侵入してきた瓦礫をひとつずつ撤去した。
床を張り替え、木製のテーブルとイスは丹念に拭いた。
買い換えが必要となった厨房設備や食器は、県内のリサイクル店を回って安く仕入れた。
かかった費用は工事費など含め500万円以上。
それでも鈴木さんはあらゆる支援金制度を調べ、最も有効な組み合わせを吟味し、利用した。

「制度を上手に組み合わせれば、1000万円くらい用意できる可能性がある」。

いつしか、被災した飲食店の店主らが次々に鈴木さんを訪ね、営業再開への相談を持ちかけるようになった。
イタリアンレストランで修行していた守さんはこれを辞め、実家を手伝いながら、中古車販売を始めた。
近所のお年寄りには、1日1回支援物資を配って歩いた。
親友の近藤さんは海岸にあった自分のレストランを失ったが、ときにKojikaに寝泊まりしながら、陸前高田でボランティアのための食事を作り始めた。
Kojikaの存在は、確実にこの地域のひとつの復興の核となっていった。

RIMG1578.JPG 
隣の家の壁の色が変わっているラインが浸水した高さ


12時半ごろ、予定より送れてKojika本店に到着すると、鈴木さんは笑顔で迎えてくれた。
ちょうど相談に来ていた被災飲食店の方が帰るところだった。
RQ登米本部の担当者にお願いし、支援物資として提供を受けた段ボール3箱分の野菜を渡すと喜んでもらえた。
一緒にお昼を食べましょうと、2階ご自宅の台所で、通販していたレトルトパックのカレー(辛口)をいただく。
このレトルトストックもほとんどを地域に提供し、震災前の味は残り少ないそうだ。
よく炒めたタマネギのコクがおいしい欧風カレーだった。
ただ、鈴木さんは「支援物資が余っていてね」とカップラーメンをおかずにご飯を食べていた。


RIMG1573.JPG



その後、ノートパソコンでブログを見てもらいながらプロジェクトを説明。
出かけていた奥さんも帰宅し、2人にKojikaのこれまでと今後を話していただく。
ちなみに被災地では、電話線がようやくつながり始めた段階。
被災者自身によるインターネットでの情報収集は困難な状況だ。
午後2時過ぎ、厨房の清掃作業に取りかかる。
業務用冷蔵庫や食材庫の内部にまで津波が入り込み、洗っても洗ってもどこからか砂が出てくる。
新たな機材を運び込むためのスペース作りや、排水管の設置など、やることは山ほどあった。
ふと見ると、棚の上にカゴに入ったたくさんのスプーンを見つけた。
津波に飲まれたのだろう、汚れがひどい。が、大事に保管してあった。
奥さんに聞くと、「cafe de curry Kojika」から拾い集めたものだという。
2号店では、内装から食器まで、奥さんがこだわって選んだものを使っていたそうだ。
忙しそうに出入りしている鈴木さんを煩わせないよう1人で黙々とできる仕事を探していたので、このスプーン55本を再生させることにした。
それに、スプーンはお客さんの口に入るカレーにとって最も重要な食器だ。

まずは普通に食器洗い洗剤で汚れを落としたが、塩水に浸かったため青錆がひどい。(写真手前)
そこでクレンザーを目の細かい食器洗いスポンジにつけて擦る。(写真中)
さらに金属研磨剤の「ピカール」を柔らかい布につけて磨いていくと、ようやく輝きが戻った。(写真奥)


 

RIMG1575.JPG


夢中で磨いているうちに、あっという間に夜8時になり、この日は終了。
地道でも無心になれる作業はやはりいい。
風呂に入らせてもらい、洗濯機を借りに来た近藤さんも交えて4人でビールとごちそうをいただいた。
鰹のハランボ焼きや筋子、茎わかめなど、三陸の海の幸がテーブル狭しと並べられた。
本当においしい。
ただ、鈴木さんの昼食がカップラーメンだったことを思い出し、少し複雑でもあった。


近藤さんのレストラン「サンジャック」は、大船渡湾の入り口にあり、海を見ながら食事を楽しめた店だった。
近藤さんは競馬が大好きで商売っ気のない人柄だが、鈴木さんいわく「料理だけはかなわない、天才」と脱帽する腕前。
地元の飲食業界では知らない人のいない隠れた名店だったという。
今は盛岡の近くの滝沢村にある公営住宅に移ったが、知人の経営者に頼まれて陸前高田の自動車学校でのボランティアのための食事作りを始めた。
(参照:http://www.ait-ultrasonic.jp/GNE%20net.htm

 

kojika 皆さん.jpg
右から鈴木さんご夫婦・近藤さん・鈴木さんの息子さん

「それまでの3ヶ月間、オレはずっと下を向いて暮らしてた。生きてるのか死んでるのかもわからないような状態。津波が来たときは高台に逃げて、見下ろすと目の前で店が流されていた。映画を見てるようでまるで泣けなかったよ。それが、ボランティアの人たちが遠くからやってきて見ず知らずの他人のためにあんなにきつい作業をやっているのを見て、3ヶ月経って初めて泣いた。自分にもできることが見つかって、やっと前を向けるようになった」

盛岡から陸前高田までは車で片道2時間以上かかるため、自動車学校で寝泊まりする近藤さんはKojikaで風呂や洗濯、仮眠場所を借りている。
「いつかまた店を始めるときは、Kojikaの隣でやるよ」「それじゃ営業妨害だ」
鈴木さんとの掛け合いは、互いを認めながらも楽しそうにけなし合う、親友同士だけにできるやりとりだ。


7月2日、また6時に目が覚めた。
今日は昼に大船渡のもう一軒、「イーストエイジア」を訪問し、大阪に帰る予定だ。
早速スプーン磨きを再開。朝食を挟んで、11時ごろようやく55本のスプーンが営業に堪えうるレベルまで再生した。
かかった時間は約6時間。
営業再開への長い道のりを、肌で感じることができた。


この日、Kojikaには注文していた厨房設備が届き、電気工事も行われた。
夜は長男の守さんがダイニングバーとして営業していくという。
奇跡的に無傷だった「cafe de curry Kojika」の看板は、誇らしげに入り口に取り付けられた。
再オープンまであと10日、誰もが忙しそうにしていた。
立ち止まっている人も、下を向いている人も、いなかった。

RIMG1577.JPG

 

職を失った被災者の雇用を創出することは、個人ボランティアにはハードルの高い課題だ。
ただ、被災した飲食店の営業再開を支援することは、彼らに生き甲斐を取り戻してもらうことにつながる。
地域に根ざしていた飲食店が再開すれば、そこに集うお客さんたちのコミュニティーが復活する。
自分は一カレー好きとしてカレー店を支援しているが、この仕組みが軌道に乗れば、あらゆるジャンルに応用が可能だ。
ラーメン好きがラーメン店を、珈琲好きが喫茶店を。なんでもいい。
カレーの力を信じてるプロジェクトの可能性を、しっかりと確信した5日間となった。   (了)


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7月11日再開です。大船渡「Kojika」さん [【岩手県】被災地のカレー屋さん]

いろいろなものが前後していますが、とりあえず「お知らせ」です。

今日、7月11日月曜日
津波で被災された大船渡のカレー店
カレーハウス Kojika 本店」さんが
再オープンされます

お話をお伺いしましたがそりゃ並大抵のことでではありません。
奥様のお店は津波で流されてしまいました・・・
被災の状況、再起するまでのお気持ち・・・・・
ご家族、仲間の力を合わせて再興されたこと同じカレー店としてとてもうれしく思います。

明るいところ、前向きなことしか語らないご店主ご夫婦、そして生死をともにしてきた最高の仲間、これからこのカレーを引き継いでいく息子さん、とにかく僕らのほうが「力」をいただきました。

後日くわしくレポートをあげますが取り急ぎ再オープンのお知らせです。
僕らがお伺いしたときのお写真だけ載せておきます

でもでも
本当によかった
また一店カレー店が戻ってきました
大船渡にカレーが・・・・よかったです、うれしいです

kojika 皆さん.jpg

kojikaスプーン.jpg

kojika店内.jpg

kojika窓から外.jpg

 


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気仙沼「すえひろ2号店」さんのレポート [【宮城県】被災地のカレー屋さん]

このプロジェクトの活動の大部分をご支援いただいている宮崎厚志さんの気仙沼いりのレポートです。宮崎厚志さんは仕事の関係で仙台入りしたときにたまたまカレーを食べにいらっしゃっていただいて、この「カレーの力を信じているプロジェクト」を知っていただきました。それ以来この活動に賛同頂き、仕事の合間をぬって募金箱を置いてもらうチラシを全国のカレー店に配ったりしていただきました。これも「カレーで繋がる」いい出会いです。
僕らがお店の都合で動けないところの大部分をサポートしていただき「RQ市民災害救援センター 」の活動とあわせて気仙沼や大船渡に入っていただきました。
宮崎さんにはこの場を借りましてお礼と感謝申し上げます。

気仙沼の今と被災されたお店の気持ち、そしてそれと直接向き合う宮崎さんの気持ちが書かれています。「今」「これから」を感じていただければ幸いです。

【気仙沼市仲町2丁目 インドカレーすえひろ2号店の捜索活動レポート  文責:宮崎厚志】

6月28日
朝8時半、薄い膜のような雲を抜けると、なぎ倒された防風林のなかに倒れずに立っている松の木を何本か見つけた。
津波の傷跡を眺めながらの仙台空港着陸は、これで3度目。
1ヶ月前はバケツリレーのような作業員の手渡しだったターンテーブルで荷物を拾った。

まずはバスを乗り継いで前回も利用した格安レンタカー業者「宅配レンタカー仙台」に出向く。
今回も5日間で合計約2万円で8人乗りワゴン車をレンタル。安い。
11時ごろ、泉区のあちゃーるに到着する。
約束より30分遅刻したが、笑顔で迎えてくれた森夫妻。
賄いダルバートをいただきながら、行方不明の被災カレー店「すえひろ2号店」捜索の作戦会議が始まる。

丁寧にプレスされた大量のチラシに、森さんの熱を感じる。
これを効率的に避難所に配るには?情報をたどるために接触すべき相手は?いざ、すえひろさんが見つかったときは?
用意してもらった資料に目を通しながら、話を詰めていく。…はずが、いつしか話題はカレー屋談義に。
脱線しても誰も止める人がいないため、気づいたら2時間が経過していた。いかんいかん!

濃く煮出したチャイをいただき、昼過ぎにあちゃーるを出発。活動の拠点となる登米市に向かう。
登米にある「RQ市民災害救援センター東北本部」は、自分が参加している民間ボランティア団体。
廃校になった小学校の体育館を基地に、気仙沼市、南三陸町で広く活動している。
あいさつを済ませ、体育館内にテントを張って、一息ついた。
前回と同様、物資と情報を配達し、被災者のニーズを聞き取る「デリバリー班」に所属。
チームの活動時間外にカレー店主捜しをやらせてもらう了承を得る。
翌日に向け、物資配達後のすえひろさん捜索ルートを練る。
移動とカレー談義に大部分の時間を費やした初日は、ひとまずこれで終了。


6月29日
前夜の深酒にもかかわらず6時起床。スパイスの効果か、神経が研ぎ澄まされている。
朝食を済ませ、大量の配達物資を車に積み込んで、気仙沼方面に出発。
北上しながら見る景色は、1ヶ月前とほとんど変わっていない。大きな変化といえば、分断されていた本吉町小泉地区の国道45号線が開通していること。
瓦礫の原野を突っ切る新しい道路は、青い空へと異彩を放っていた。

気仙沼市北部の個人宅避難者のお宅を訪ね、物資を渡し、世間話を始める。やがて見えてくる被災者それぞれの問題を、ともに話し合う。
帰り際にカレーのチラシを渡すと、その場で友人に電話して探してくれた。感謝。
一緒に組んで行動したのは、南三陸町志津川出身の50代の肝っ玉かあさん。実家はあの志津川病院の裏で、食堂を経営していたという。
その食堂も跡形もなくなり、営業再開の見通しは立っていない。
だからか、次第にカレーの活動に理解を示してくれるようになり、貴重なアドバイスもいただく。

「このあたりで長くお店をやっていたなら、必ず地元の人が知っているはず。逆に地域とのつながり大事にして来なかった店なら、探すのはかなり難しい。やみくもに避難所を回るよりも、まずはそのお店があった場所に行き、知り合いを捜しなさい」

昼過ぎにRQでの任務を完了。
すえひろ2号店があった気仙沼市仲町付近で、営業を再開されたお寿司屋さんがあると聞いて向かう。
「寿司屋 一心」さん。
店舗から数十メートルのところまで津波が押し寄せたものの、ちょうど高台にあって損壊を免れたという。
3台あった車両をすべて失うなど被害は小さくなかったものの、4月下旬には力強く営業を再開した。
ほとんどのタネは仙台の市場から仕入れているというが、二日前に水揚げが開始されたばかりの気仙沼産の生鰹が入っていた。
握りを塩でいただく。
初鰹の水揚げに漁港の再開を間に合わせるというのは、気仙沼の水産業者の目標だったという。
今も気仙沼には冷蔵・冷凍設備がないため、水揚げされた鰹はすぐに東京や仙台に陸送され、地元の分は少ない。
この寿司一貫ができあがるまでに途方もない苦労があったことは容易に推察されるが、それを知らなくても感動的なうまさだ。

そんな話の後、すえひろさんのことを聞いてみた。
女将さんはすぐにすえひろさんの向かいにあった菓子店に電話をかけてくれた。
だが、ここは森さんの初回調査で訪れており、有力な情報は得られない。
そのうち話は、先代店主が経営していたという「すえひろ1号店」に。
10数年前まで、気仙沼市南部の大谷海岸付近にあったことが判明する。
一心さんにお礼を言い、まずは2号店の場所に行ってみる。
森さんのレポートどおり、そこには何もなく、誰もいない。あるのは異臭と、蝿と、水たまりとなった津波の跡。
手がかりは期待できない。

1号店の場所は、運良く帰路の途中だ。
JR気仙沼線大谷海岸駅。志津川の肝っ玉かあさんが、子供のころの思い出を話してくれた。
「電車を降りたら海水浴場が目の前にあってね。いつも焼きたてのパンを買って帰った」
近くには瓦礫の集積場もできた。いつか地元の人がこの海で泳ぎたいと思う日は来るのだろうか。

かろうじて形をとどめた駅舎を利用し、復興市が出ていた。植木を売っていたおじさんに話を聞く。
どうやらすえひろ1号店はもう少し先の高台にあったらしい。
ただ、あそこは誰も住んでいないよ、と教えてもらう。とにかく行くしかない。

数分後、かつてすえひろ1号店だった家屋を確認。高台だが、津波はここまで来ていた。
大規模半壊だろうか。壁がはがれ、家財が散乱している。人の気配はない。大声で呼んでみる。返事はない。
藁をつかむ思いで、道路を挟んだ向かいにあった理容室を訪ねた。
出てきたのはおじいさん。初心者には少々難しい東北弁を話す人だったが、何度も確認したので間違いない。

「すえひろの長男は、近くにある奥さんの実家に避難している。その実家は昔は電器店で、うちの工事もしてもらったんだよ」

…つながった!
気仙沼での捜索を初めてわずか約2時間。チラシは5枚ほどしか撒いていない。
電器店に連絡をつけてもらい、こちらの連絡先を伝える。あとは折り返しの電話を待つだけだ。

 

その夜、すえひろ2号店の方から電話がかかってきた。
興奮を抑えつつ体育館の外に出て、カレーのプロジェクトの説明をする。
ただ、やはり見ず知らずの人間にいきなり電話で「支援したい」と伝えられても、戸惑うのは当然だった。

「再開はまだ考えられない。仮設住宅にすら入れていない状況だから」

けっして急かすことはできない。
店を再開してほしいという我々の気持ちを押しつけることも、絶対にできない。
今は、無事を確認できたというだけで十分だ。
一日でも早く、落ち着いた生活を取り戻されることを願うしかない。

では、お見舞金だけでも進呈します。
その申し出も、固辞された。

「お金はいりません。そのかわり、商売を立ち上げるとなったときに、うちの店を紹介してもらえれば。この状況でもがんばろうとしているカレー屋がいると、紹介してほしい」

すべてを失った人が最後に発した、力強い言葉だった。
それは必ず、お約束します。だからそのときは、本当に遠慮なさらずに連絡してください。
そう伝えて、長いようで短い電話は終わった。

蒸し暑い夜の田園地帯。あたりを見回すと、思い出したかのように一斉にカエルが鳴き始めた。


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【東京】ネパール居酒屋「バール=タラ」さんの募金箱 [募金箱を置いてあるカレー店]

東京は信濃町のネパール居酒屋「バール=タラ」さんから
募金箱の写真が届きました
ぜひ皆さんでカレーを食べてカレー屋さんに支援をお願いします

バールタラ募金箱.jpg
陽気で最高に楽しい店主が居ます
笑顔を見たらチャリンとしてください
これを見かけたらぜひ

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ご無事でした「印度カレー すえひろ2号店」さん [【宮城県】被災地のカレー屋さん]

取り急ぎご報告です

印度カレー すえひろ2号店
宮城県気仙沼市仲町2-1-34

ご無事でした。
ご夫婦にて避難されていらっしゃいます。

本当によかったです。
 


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現地にて動いていただいています [現在の状況]

月に1回か2回か しか現地に入れない僕たちの代わりに
現地に行って活動されている方がいらっしゃいます
こういう皆様の支援がなければ活動が成り立ちません

関西で新聞記者をされている 宮﨑 厚志さん

6月28日から被災地入りの目的でもあるボランティアの活動をしつつ「カレーの力を信じているプロジェクト」の事に時間を割いて動いてもらっています。
今、気仙沼から北上して大船渡にて活動していただいてます。

出会いは本業のついでにたまたまうちのお店に来ていただいたことが発端です。
運命の出会いか運のつきか・・・それ以来このプロジェクトの大半の活動をお手伝いしていただくことになりました。
カレー好きがカレー店を助ける、まさしく今回のプロジェクトを地でいってます。

おっていろいろとお知らせいたします

取り急ぎご紹介まで


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